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norikoの独り言

ノリコノヒトリゴト

norikoの独り言

苦楽園で塾を経営しています。
日々の日常をつづっていきますね。

URI : http://www.ysacademy.jp/

norikoの独り言

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投稿日時: 2010-12-03 12:33:56 記事カテゴリー │ニュース

言葉かけって大事

「また、勉強してないの?ほんとにやる気のない子ねぇ。」
まさか、こんな言い方をお子さんにしていませんよね?

何年か前の塾の生徒さんで印象に残っているのが、
「どうせ僕は出来ないから…」「たぶん間違っていると思うけど…」
と自分に対する評価がとても低い男子生徒です。

素直でまじめな性格なのですが、いつも自信なさげ。
こんな風にやってみたら?とアドバイスしても、
「どうせ僕は…」とまず返ってくるのです。

その時は、私に
「そんなことはないよ。あなたはこんないいところを持っているよ」
と言われたくてそう言っているのだろうと思っていました。

しかしこれらの言葉は
自分の中で作られたものではないかもしれないのです。



というのは、
その生徒のお母さんと面談すると、
子どもの将来のためを思い、
愛情を持って繰り返しアドバイスをなさっていたのです。


「あなたは頭が悪くて出来ないから、
他の子よりたくさん勉強しなさい。」
「ドンくさいんだから、しっかり準備しておきなさい。」

お母さんが伝えたかったメッセージは
あなたはもっともっと努力したら、
きっととても良くなるよ]ということでした。

「がんばれ」と。

ところがなぜか子どもに伝わっていたのは
「あなたはできない」というメッセージ。

だから子どもは[どうせ僕は…」
「そんなこと無理に決まってる…」
まずそう考えてしまっていたのです。

せっかく励ましているのに、こんな風にとられたら、
親としては何のために叱っているのか、
力が抜けてしまいますよね。

でもそういうことなのです。
言い方一つでメッセージはストレートに届かなくなるのです。



たとえば―――


きれいになりたいから美容室に行ったのに、

「あなたの土台は悪いからもっと手入れをしてください。」
「年相応の髪型にしておきましょう」

なんていわれてやる気がでますか?


「もう二度と行かないわ、あんなとこ!!」
正解です☺(笑) 


でも、美容院がそこしかなければ、
行かざるを得ません。

そして行くたびに似たようなことを言われ続けたら、
きっと『どうせ私は土台が悪いから』とか
『年もトシだし…』と自己評価は
少しずつ下がっていくと思いませんか?


悲しいかな、子どもは親を選べないのです
毎日の言葉かけが
子どもの自己評価を作り上げていくのです。


相手の立場でちょっと考えてみては、

または自分の立場に
置き換えてみてはいかがでしょうか
?   
      

投稿日時: 2010-12-03 01:47:21 記事カテゴリー │ニュース

テレビもなかなか、、、、

NHKBS マイケル・サンデル教授「白熱教室を語る」

たった今(1時)最後まで見てしまいました。


ディスカッション、というのか、アーギュメントというのか、
東大生を前にしての講義。



何が正しくて、何が正しくないのか、など
視点、見解の違いで一つの事象はどうにでも解釈できるから、
自分の軸、がどこにあるかをはっきりと知っておくことが
討論に積極的に参加するベースとなる。



つい、自分ならどの意見に賛成するだろう、
とまるで学生のような気分。

理想主義やら、現実主義やら、
個人主義やら、コミュニタリアンやら、
まるで、サンデル教授が演出した劇の登場人物のように
次から次に、自分の意見を積極的に表わす東大生の皆さん。



少し驚いたのは、英語できちんと意見を言える人もいて、
かなりなれた口調(口語的というのか)の学生さんがたくさんいたこと。
留学の経験者も多いような気がした。
(もっとも、英語の堪能な人がこの講義に積極的に
 参加したのかもしれないけれど)


オーディエンスの前で意見を言える、しかも英語で、
それを見ると、日本がオピニオンを発信することにも
あまり危惧しないでもいいのかもしれない。


割とまともな意見ばかりだったのは NHKの目論見どおりかな。




実は、今朝もBSでしみじみとした番組を見て
思わず涙してしまったのだけれど、

テレビもなかなかおもしろいなぁ、
と今日は「テレビ万歳」派の私でした。


さて、もう寝なくては。
夜更かしは美容の大敵。

面白い番組は、どうも深夜が多くて困ります。


投稿日時: 2010-12-02 10:05:09 記事カテゴリー │ニュース

贅沢の種類

北陸に住む彼女。


大学時代の面影がまだ残るけど、

お互いに太ったやら、しわができたやら、

言いたいこといえる友だち。


去年は一緒に映画「愛を読む人―The Reader」を観て、

まるで学生のようにお互いの解釈について

メールのやりとりをしたこともなつかしい。


会う度に深く考える機会を与えてくれる大事な友だち。



その彼女が今回、趣味の三味線出稽古のついでに

自分の水田で獲れたミルキークィーンの玄米を

持ってきてくれました。



早速炊いてみて、本当にびっくりしたんです。

あまりの美味しさに。

玄米って、こんなに美味しいものだったのか、、、


今まで買っていた玄米はいったいなんだったの?

(高価な玄米を買っていなかったから、かな?)

このお米を毎日食べている人が現にいるのです。


早速メールでお礼を言ったら


「世に無農薬やら有機栽培やらうたった物は

たくさん出回っているけど、

ホントに信用できるのは、良心的な生産者から

直接手渡されるものだけだよ」


と、返事が来ました。



世の中には自分がこれまで選んでこなかった

贅沢なものがたくさんあるんだなぁ。


お金で買えない、贅沢なもの。



たとえば、時々実家の母が送ってくれる

旬の無農薬野菜。


宅急便でダイナミックなねぎやオクラが届いたり、

先日は、まだ熟していないキーウィ60個。

りんごと一緒にして熟成させて、と注意書き。



実家に帰るといつも実感する野菜の美味しさだけど、

旬の時期には老いた父母だけでは食べきれないか

近所に配りまわっている、



そう電話口できいて、あ〜私にも送って、、、と

心の中でつぶやく。

送料を考えるとあまりずうずうしくも言えませんが。




こちらでスーパーの野菜に感激した記憶はあまりありません。





人生の時間は限られている、そう思うと、


どんな贅沢を味わいたのか、

自分で選んでいるのだろう。


自分の人生を豊かにするものを贅沢と言うのであれば

私は本当の贅沢を確かな目で選択してきたのだろうか。


時間の贅沢、

心の贅沢、

環境の贅沢、

会話の贅沢。



玄米1つでこんなことを考えてしまった私。


これからの残りの人生で

どんな贅沢を求めていくのか。

大事なことかもしれません。

投稿日時: 2010-12-01 14:31:40 記事カテゴリー │ニュース

落語にはオチがある (後半)

前回の続きです。



英語落語の初お披露目で、

大きなショックを受けてしまった彼女。



小2で英語の力は準2級程度、

日常会話は英語で大丈夫、

勉強もよくできるし、

性格も素直で真面目。



とても優秀な彼女が、

アクシデントとはいえ、

パフォーマンスが失敗という結果に終わり、

どんな気持ちになったか、



取り返しのつかないミスをしてしまったのか、と思いながら

翌日の個人レッスンの日を迎えました。




思ったよりも落ち着いた、笑顔の彼女が

そのレッスンの最初に

「先生、昨日の発表会で学んだこと。」


と話し始めました。


「落語って最後に必ずオチがあるでしょう?

昨日の私の落語も、最後に『落ち』ました^^」




もう、びっくりしました。 またウルウルしました。


これまでほとんど失敗という失敗のない彼女の

今回の小さな挫折が

彼女の中ではこんな風に消化されていたのでした。


自分の経験を客観的に見て、

しかもそれをジョークにすることができる…



きっと、ご家族で、いろいろな話をされたのでしょう、

小さな挫折、それがお父様やお母様のおかげで

彼女の成長をもたらした過程を見せてもらいました。



私たちの舞台設営のミスをうやむやにするつもりはありません。

「こんなこともおきるかもしれない、という想像力」の乏しさ、は

悔やんでも悔やみきれません。

申し訳ない気持ちでいっぱいです。

それを踏まえた上で、



かわいそうに、、、 ひどい目に遭った、、、

と同情したり慰めたりすることも大切なのかもしれませんが、


次のことにチャレンジしていく力に変えられるのなら、

それはそれですごいことなのではないでしょうか。



英語落語があまりにも上手だったので

「あの続きが見たかった、、、」

と、他の生徒さんや保護者の皆さんから

お聞きしたことを彼女に伝えて、



「もう一度英語落語をやってくれる?

ビデオに撮ってネット上で教室の皆さんにだけでも

見てもらえるようにしていい?」


と彼女にお願いしましたら、


はにかんだ笑顔で

「はい」と大きくうなづいてくれました。



本当によかった、傷にならなくて。


その日、私はぐっすり眠ることができました。


投稿日時: 2010-11-28 22:30:52 記事カテゴリー │ニュース

落語にはオチがある (前半)

先週日曜日の発表会は1年半ぶり。



日ごろのレッスンの様子を見ていただく、

子どもたちにたくさんの人の前で緊張しながらの

パフォーマンスを経験してもらう、


それが一番の目的なのですが、

同じことをするのは停滞、いえ退化、と思ってしまう性分で、



毎回、出し物をどんどん変えていくので、

どんなハプニングがおきるやら、

自分自身がはらはらどきどきの、

は っ ぴ ょ う か い 。。。



さてさて、今年は

まねびてつろう先生―SSTメソッド開発者

http://www.manebi-sst.jp/をお招きして「使える英語をまなぶために」

 

小学生までに何をしておけばいいのか、


という話をわかりやすくしていただき、


その理論を実践する各クラスのレッスン風景をご披露し、


英語クラスのトリを務めたのは、

何年かぶりに (確か前回は10年くらい前の小6男子)

英語落語を披露してくれる生徒さん(小2女子)でした。



テーブル2つで高座をこしらえ、

浴衣を着たかわいい演者さんがちょこんとすわり、

大変流暢な英語と大振りの演技で


約100名の観客の目を惹きつけます。




「わぁ、日ごろの練習より、ずっと演技も大きくて、

すごいなぁ、、、 」

少しうるうるしながら、舞台の端で見守る講師の私たち。



高座に上がった時から、

堂々とした態度、美しい発音、、、



この何ヶ月間か、毎回のレッスンで少しずつ

せりふを覚え、しぐさを覚え、

落語の上下(かみしも)もきっちりできるようになり、、、


発表会当日は、

何事にも一生懸命で優等生の彼女の

新たな一面が開花する日になるはずでした。



 

次第に気持ちが乗ってきた彼女は、


お父さんがお酒を飲んで酔っ払うしぐさが本当に上手で、

いかにも酔っ払いの体(てい)。


どっと客席から笑いがおき、


次のお母さんの居眠りシーンでは、

体が横に、前後に大きく揺れ、

(もうすぐ、よだれをぬぐうしぐさ、、、みんなどっと笑うだろうなぁ)



と、思っていた瞬間、



彼女が高座から突然消えたのです。

あっという間の出来事でした。

勢いあまって、高座の後ろに落ちたのでした。




発表会当日、普段の練習より大きくキレのある演技が

高座で収まりきれなくなる予想ができなかった、

私たち講師の完全なミスでした。


彼女に幸い怪我がなかった事がせめてもの救いでしたが、

彼女の泣きじゃくる姿に、私たち講師は

とんでもないことをしてしまった、

と保護者の方に謝るばかりでした。




このまま、彼女が立ち直れなかったら、、、

私たちはなんというミスをしてしまったんだろう。



私はその夜、保護者の方に連絡して、

怪我がないこと、

翌日のレッスンには来るつもりであること、

を聞いて、少しほっとしました。



レッスン時にどんな声かけをしようか、

担当講師ともいろいろ話し合い、


今回のことが小さな挫折として彼女のプラスになるには

何をしてあげればいいのか、と考えました。


おきてしまったことは変えられないけれど、

それを何とか次につなげたい、それだけでした。


そして、

翌日、彼女がレッスンにやってきました。


(後半に続く)

投稿日時: 2010-11-23 23:24:13 記事カテゴリー │ニュース

前回の続き(叱る)です。

前回の記事のあと、年に一度の発表会の準備に追われ、
遅くなりましたが、



「叱る」ことの後編です。


教室でのイタズラを私が叱った後(3分くらいのことでしたが)
お母様たちにメールをしました。
その一部です。長くなりますが…


「イタズラは小さい頃、ましてや男の子なら
やって当たり前だと思います。
行き過ぎたイタズラを見つけたときにしっかりと叱ること
(感情的にならずに)が肝要でしょう…

こどもはどこまでやったら叱られるのかを測りながら
イタズラを少しずつエスカレートさせていきます。
自分の家でやったら叱られることを外でやって叱られなかったら、
見つからなければいいのだという発想になっていくかもしれません。

小さいときからきちんと叱られたことがない、
それが後々少なからず影響を与えているケースもあります。

『人に迷惑をかけている』ことをきちんと理解させて
自分で謝らせることが大事です。

こどもは親には自分にとって都合のよいことだけを
報告しがちです(それが普通です)から、
言い分は半分位に考えて、状況できちんと判断して
叱るべき所をきちんと判断してください。

自分のしたことが悪いとわかってきちんと自分で謝る、
その良い経験になることを願っています…」




その晩、お母様たちからメールをいただき、
いろいろ親子で話し合ったことがわかりました。

中でも、
「これまでは言って聞かせてもわからない子だからと
叱る時は叩いていましたが、
今回は『後でどれだけ先生が困るのか』をじっくりと話しました」
というメールに、私は言いようもなく嬉しくなりました。


話してわからせてください。
暴力(体罰)でわかることはありません。
ただ恐怖しか生みません。

なぜしてはいけないか、
自分のしたことが、どんな迷惑をかけているのかは、
叩かれてわかるものではありません。

将来、自分の言いたいことを相手にわからせる時に
暴力という手段を正当化するおそれもあります。
いわゆるDVも小さいときに自分がうけた恐怖による支配が
原因の一つともいわれます。

ありがとう、お母さん。
以前の面談でお話ししたことがわかっていただけたんですね… 
何だか私のほうが、

ありがとうございますm(_ _)m



次のレッスンの時、子どもたちがどんな表情を見せてくれるか、
楽しみです。

投稿日時: 2010-11-18 10:29:28 記事カテゴリー │ニュース

9歳までのお子様をお持ちの方に…

日々、教育の現場にいると、いろんなことが起こります。


今回は「叱る」…


まだまだ幼稚なイタズラにアツくなる小学校低学年の男の子たち。
わが教室のトイレで何やらゴソゴソ。
週一回来るたびにイタズラがエスカレートしていき…


先週までは誰がやったかはっきりせず注意することができませんでした
(みんなが帰った後の掃除の時に気づくので)


昨日はそのイタズラを目の当たりにして…



さぁ、考えました。どう叱るべきか。


親ではないので、感情的な怒りはありません。

でも、その子ども達の成長にとってはここは大事な場面。


私に見つかった時の、視点の定まらないおどおどした顔。
その顔を見ていると、「もぅいいか」と一瞬思いましたが、

お迎えにいらしていたお母さんたちには
「これから大げさに叱りますから」と前もって説明して…



子ども達と目線を同じ高さにして、私は低い声で静かに切り出しました。


「これはやっていいことかどうかわかるよね?」………
話が一段落して、
「自分がどんなことをして怒られたか、お母さんにきちんと話しなさい」

叱る時は相手を子どもだと思わずに、自分の気持ち、考えていることを
説明します。





全ての授業が終わった後、お母様たちとメールのやりとりをして、
今回のことをきちんと説明して、小さな事件は終わりました。





さてこれからが本題です。

子どもはイタズラ好きです。多少のことはやった方が良いと私は思っています。

むしろ、小さな挫折(自分の思い通りにならないこと)は
大人になるまでの栄養だと考えています。

ですから、日常生活の中の小さな渦(出来事)にどう対処していくかが、
親の腕の見せどころではないかと思います。

なぜなら、そんな小さな渦が集まって
大きな流れを作っていくのだと感じているからです。


「叱るべき時にきちんと叱れる」、
それができていればあとは「認める、見守る」だけでいいのですから。


その点で今回のお母様たちは立派でした。
上手に教育の場面にしてくださいました。


どこが上手だったのか…
この話は次回に続きます…

(アメブロ
http://ameblo.jp/oyajuku/

投稿日時: 2010-11-15 11:11:20 記事カテゴリー │ニュース

井戸端会議

みたいなものになることがあるんです。

時折、生徒とおしゃべりしていて。




先日、中1の授業の後、1人が
「先生、僕の母さんが『今度のテストでは○番以内に入りなさい』だって…」と
ボヤキ始めました。


あらあら…また… 結構大変そう。

私「テスト勉強もよくやっているのにねぇ…」

生徒1「父さんも母さんも中学校のときいつも一桁の順位だったから、
まだ努力が足りないって…」


となりの生徒2が口をはさみます。
「うちは…お母さんが出来が悪かったらしいから私は自分の子じゃない、って」

どうやらほめ言葉のようです。


すると、のんびりとした性格の生徒3が
「うちのお母さんは、テストが悪くても何にも言わないよ」とニコニコ。

生徒1「わぁ〜うらやましい。
おまけに今から勉強するって時にいっつも
『まだ勉強してないの』って母さんに言われる。やる気なくすよ〜」


お母さんには面談でいろいろ話してわかっていただいたと思っていたんだけど
やっぱり今でもそんな感じなんだ…と実感した私は

「じゃあ、最後の手。
お母さんがご飯の支度をするときに、『いつになったらご飯作るの?』と
いってみたら? 『僕が勉強しようと思う時におんなじ気持ちになるんだよ』と
自分の気持ちを言ってみたら気づいてくれるかもしれないね」



そう私が言ったときの彼の表情がいまでも忘れられません。


「えっ?先生は子どもの味方するの?」と一瞬にして明るくなった表情。

「当たり前でしょ。みんなそれぞれがんばっているのを知っているよ。」

生徒一人一人を見ていると、いろんな事を考えてしまいます。
言葉って感情や思考を伝えるためのものなのに、
自分の言いたいことが伝わらない時も多いし、
伝わっていないことに気づいていないことも結構あるのではないかしら?


親はみんな自分の子どもを大切に思っているのに…





私も親として、時々うまく伝えていないと感じて自己嫌悪を感じることがあり…

急に目が覚めて(今朝5時でした)ブログ書いていたら自分のことに気づきました…


娘へ、

ゆうべはきつい言い方をしてごめんなさい。

あ〜 言ってすっきりしました(≧∇≦)

投稿日時: 2010-11-05 15:20:40 記事カテゴリー │ニュース

今思えば、あれは大事な場面だったのかも、、、

あと2週間で年に一度の音読・英語の発表会です。 
小学6年生にとっては最後の晴れ舞台です。
張り切って自分のパートをルンルンで練習(⌒〜⌒)する最上級生たち。

 

いままで引っ込み思案だった女の子が大きな声で音読をしたり、
日ごろ落ち着かない男の子がたった一人で宮沢賢治の詩を朗々と暗唱し、拍手喝采を浴びたり、
日々のレッスンで少しずつ変わっていくお子様の姿に感激される親御さんがいらしたり、

 

毎年、毎年、いろいろな思い出が積み重なっています。


そんな中、発表会を間近に控えたこのころになると、数年前のことを思い出します。




当時小6だったP君は、中学受験を控え、毎回のレッスンにもギリギリでやってきていました。
それでもレッスン中は、いつも楽しそうでした。
そして、毎年の発表会前には、自分の発表のパートをおそらく他の誰よりも一生懸命練習していました。


ある日、お母さんが帰り際にいらして「実は発表会には出られないんです…
塾が日曜日もあって、朝から夜までびっしり…」


私「えっ?P君は今日も一生懸命に練習していましたよ」と寝耳に水の話。

隣にいるP君は「どうしても発表会に出たい…」と目元が赤らんでいます。
自分は出たいけど、発表会当日は塾も重なっていて、、、でも、出たい、、、、どうしても。

今まで私たち講師にはその葛藤を隠して、張り切って練習していたようです。



自分の出番だけでいいからその前後の塾への往復を含めて、
発表会に参加する1〜2時間だけでいいから、とのP君の希望も、
その2時間があとあと中学受験の失敗に結びついて欲しくないとの
お母様のお気持の前にはかなわないようでした。



私は、その2時間をP君がどう取り戻すかを親子で一緒に考えたら
もっとやる気にもつながるのではないかと申し上げました。


難しい問題かもしれません。でも、もしかすると、良いチャンスかもしれないのです。
そんなところで、子どもの自立と自律を促す方向にもっていけるのではないか…と心から思ったのです。

お家で話し合ってみるとのことでしたが、やはり塾を優先します、と後でご連絡がありました。

 

 

その時は保護者の意向では仕方がない、と思いましたが、
最近それを思い出すと、自分の親塾の視点で考えると、
そこはもしかすると結構大事なポイントだったのではなかったのかと思うのです。



発表会に出る出ないよりも、何が大切か、何をしたいのか、しなければならないのか、
子ども自身が考えて行動を選び、親はその後方支援をする、

これは、理想論ですか?

 

私はこれまで迷った時には子どもに任せていたような気がします…
自分の考え方が全て正しいと思っていない、という気の弱さもあるのかもしれませんが、
とにかく子どもを信じる、信じていることを伝える、そして見守る、
それが基本でした。

 間違ってもいい、間違ったほうがいいのかもしれない、若いうちに、早いうちに。

 

(今考えると、自分の気持ちを伝えることだけは苦手であまりしなかったのが
誤解を生むこともあったようで、そこが反省点ですが)

 

 

 

本当に子育ては100人100通り、正しい子育て、正解なんてありません。
その都度、親子で迷うのです。
そして、『私はこの子にどんな大人になってほしいのだろう』
その視点で自分の行動を選択するしかないのです。

毎日毎日その積み重ねなのでしょうね。

 

 

 

投稿日時: 2010-10-26 00:03:04 記事カテゴリー │ニュース

結局、誰に言ったのか…(><)

先ほど、中2の生徒たちに国語の論説文の手ほどきを…

国語は嫌い、何が書いてあるかわからないから…とグチる生徒に、
まずは要約の仕方を説明。
そして筆者の言いたいことをまとめてみよう、という演習をやっていました。

「初めはどんな文でもいいから一文書いてみて」
「付け加えた方がわかりやすい、ここは余計な部分、と自分でわかってくるから」

とアドバイスをして、私も一緒にやっていました。

「ね?最初の文を書いてしまったら、次にどうしたらいいかを考えなくても、
何か書けてくるでしょう? 最初の一文を書くのが一番大変なんだよ(^_^)」

生徒たちに目をやると、何だかいつもより楽しそうにメモを走らせている…
そして出来あがった自分の文章を読むのも何だか満足げ!(b^ー°)


国語はさっぱり勉強のしかたがわからなかったけど、当分はこればっかりやっとくわ…
と帰り際に照れたようにぼそっと言った生徒。

やるきっかけになってくれれば〜と、心の中で「ヤッター」とニンマリした私。





で、ひとりになって、ふと

(ブログも最近更新してないな〜 最初の一文を書いてみようか…)


生徒に言ったつもりが…





やれやれ
これで、ブログ更新完了♪



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